腸内フローラと免疫
腸内フローラ(腸内細菌叢)
ヒトにおいて、胎児の時は無菌状態だったのが、出産時、新生児は産道や外界から様々な細菌に暴露されます。
それらの細菌群は皮膚はもちろん口腔や鼻腔、眼、肛門、泌尿器官などあらゆる部位に付着侵入します。
そして、居住環境に最も適した細菌種が住み着き増殖し、住みにくい場所では消滅していきます。
ヒトが消化しきれないものを代謝し様々な物質を産生したり、有害物質を無害化して排除してくれるのが、消化器系器官に生息する細菌です。
また、細菌にとって見れば、ヒトは居住環境と餌を与えてくれます。
このような相互依存の関係を共生と言いますが、地球上にヒトが出現した時から、何十万年もの間、共生し、かつ変遷する環境に適応するために共進化し続けてきたのです。
以上のことから、腸内フローラと唾液、すなわち口腔内フローラは、生息部位こそ違え、同じ目的のため働いていると考えています。参考 共進化について
共進化(Co-evolution)とは、一つの生物学的要因の変化が引き金となって、別のそれに関連する生物学的要因が変化することと定義されている。
古典的な例は、2種の生物が互いに依存して進化する相利共生だが、種間だけでなく種内、個体内でも共進化は起きる。
我々と腸内細菌は、共進化を遂げた1つの超有機体(superorganism)として考えることも出来る。健康な人の腸内には、400種を越える、総数で約100兆個、重さにすると1.5キログラムから2キログラムもの腸内細菌がバランスよく住みついています。
人間の体を構成している細胞数は60兆個と言われていますので、いかに多くの細菌が繁殖しているかが分かります。
特に小腸の終わりから大腸にかけての様子は、花畑にたとえて「腸内フローラ」と呼ばれています。
腸内フローラとはまさに、花畑のように、腸の中に細菌がびっしりと敷き詰められている状態なのです。腸内フローラは、ヒトの未消化食事成分を代謝して、アミノ酸、ビタミンや脂肪酸などを人間に供給しています。
さらに、有害代謝産物の解毒や、外部から侵入する病原体に対する生物学的防御バリアー、腸管上皮の分化誘導など、さまざまな機能を担っています。
このように腸内細菌は我々にとって不可欠な存在であり、人間と腸内細菌は、共進化を遂げた1つの超有機体(superorganism)として考えられます。分類 代表的な菌 作用 身体への影響
善玉菌(有用菌) ビフィズス菌 ビタミンの合成 健康維持
乳酸菌 消化吸収の補助 老化防止
感染防御
免疫刺激悪玉菌(有害菌) クロストリジウム 腸内腐敗 健康阻害
ブドウ球菌 細菌毒素の産生 病気の引き金
大腸菌 発ガン物質の産生 老化促進
ガス発生
日和見菌 バクテロイド 状況に応じて有用菌になったり、
プレボテラ 有害菌になったりする、
大腸菌 腸内で最も多い細菌
連鎖球菌生後7日目までの細菌叢の推移
母親の胎内にいる間は、基本的に他の微生物が存在しない無菌の状態にある。
生後3-4時間後には、外の環境と接触することによって、出産時に産道や周囲の空気、人の身体、母乳などから感染し、その微生物の一部は体表面、口腔内、消化管内、鼻腔内、泌尿生殖器などに定着して、その部位における常在性の細菌になる。加齢による腸内細菌の変化
腸内の細菌群は、年齢とともに変化します。
それぞれの年代の菌数の割合は違いますが、年をとると悪玉菌(有害菌)の割合が増えてきます。
母体内で胎児は無菌に保たれています。
生まれ落ち母乳を飲んでいる時は母乳中の乳糖、ガラクトオリゴ糖を栄養源として、ビフィズス菌が増殖し始めます。
離乳期以降、離乳食を食べ始めると、大人の細菌叢へと変化していきます。
成人では、10〜20%台の占有率でビフィズス菌が腸内に存在しています。
さらに加齢が進み、老人になるとビフィドバクテリウム属 Bifidobacteriumの数はますます減少し、かわりにラクトバシラス属 Lactobacillus やウェルシュ菌(Clostridium perfringens)などが増加する。
出典 光岡知足著<腸内フローラと食餌>よりヒトや動物が摂取した食餌は、口、食道、胃を経て、十二指腸などの小腸上部に到達し、その後、宿主に栄養分を吸収されながら、大腸、直腸へと送り出される。
このため、消化管の場所によって、その内容物に含まれる栄養分には違いが生じる。
また消化管に送り込まれる酸素濃度が元々高くないのに加えて、腸管上部に生息する腸内細菌が呼吸することで酸素を消費するため、下部に進むほど腸管内の酸素濃度は低下し、大腸に至るころにはほとんど完全に嫌気性の環境になる。
このように同じ宿主の腸管内でも、その部位によって栄養や酸素環境が異なるため、腸内細菌叢を構成する細菌の種類と比率は、その部位によって異なる。
一般に小腸の上部では腸内細菌の数は少なく、呼吸と発酵の両方を行う通性嫌気性菌の占める割合が高いが、下部に向かうにつれて細菌数が増加し、また同時に酸素のない環境に特化した偏性嫌気性菌が主流になる。痩せない理由は腸内にあり!?
第8回フォーラムでも紹介された有名な論文です
2013年、米国ワシントン大学のジェフリー・ゴードン博士らのチームが、「腸内細菌叢が肥満に影響する」という研究成果を「Science」に報告。
博士らのチームは、腸内細菌叢と肥満に直接関係があるかどうかを評価するため、1人が肥満で、もう1人は痩せているという、双子のペアを募集した。
これは双子であれば食生活や遺伝子が似ていて、肥満の原因が腸内細菌叢である可能性を絞り込みやすいという理由からで、最終的に、4組の女性の双子が選ばれた。
それぞれの双子から腸内細菌を集めて、無菌のマウスの腸に移植。肥満の人からの腸内細菌を移植したマウス群と、痩せた人の腸内細菌を移植したマウス群を用意。
この両群のマウスは、標準的なエサ(同内容・同量)を摂取するようにした。その結果、肥満の人から腸内細菌を移植された無菌マウスは、痩せた人の腸から細菌を与えられた無菌マウスに比べて体重が増加し、より多くの脂肪が蓄積した。
エサの条件が同じであるということは、この相違が、体内に入ってきた栄養素の代謝を変化させる、腸内細菌によって引き起こされているはずということになる。研究者らはさらに、2つのグループのマウスを一緒のケージに収容した。
マウスは糞を食べるが、そうなるとこれら2つのグループのマウスは、意図せずお互いの微生物によって、影響を受け合う。
ゴードン博士は、これを細菌叢の戦いと呼んでいるが、この戦いの結果、肥満の人から腸内細菌を移植された無菌マウスは、痩せた人の腸から細菌を与えられた無菌マウスの細菌叢の影響で、体重が減った。
ところが、痩せた人から腸内細菌を移植された無菌マウスは、肥満の人からの腸内細菌の影響を受けなかった。なぜでしょうか?
肥満の人は細菌叢の多様性が少なく、特定の菌種に偏るという報告がある。
これに対し、痩せた人の細菌叢は多様性に富むため、肥満の人の細菌叢を一方的に侵略できることが要因と推測される。ではなぜ、一般には、伝染病のようにマウスの痩せは広がらないのでしょうか?
重要なのは、「食事」だった。
2つのグループのマウスを一緒のケージに収容させた際も、与えた食べ物によって結果に違いが出た。
食物繊維が多く飽和脂肪酸の少ない、健康的な食事を与えたときは、痩せた人の腸から移した細菌の影響をうけた肥満マウスは、体重が減少した。
ところが、食物繊維が少なく飽和脂肪酸を多く含む、典型的な西洋食を与えたときには、 痩せマウスと肥満マウスは互いの腸内細菌の影響を受けないように見えた。
要するに、腸内細菌を交換しても、食事を変えなければ減量に効果はないと考えらる。腸内細菌が性格を左右する!?
不安や恐怖、幸せや喜びなどの感情は私たちの脳で生まれている。しかし脳で生まれる感情が腸内細菌によって操られている可能性がある。
それを明らかにしたのはマウスの性格に関する研究だった。研究を行ったのはマクマスター大学のプレミシル・ベルチック氏。
マウスを高さ5cmの台の上に乗せ、下りるまでの時間で警戒心をは計測した。
活発なマウスはすぐに台から下りようとしたが、臆病マウスは5分経過しても下りなかった。
2種類のマウスの性格の違いは元々持っている遺伝子の違いによるものだと考えられた。しかしベルチック氏は腸内フローラにも違いがあることを発見。
これが性格と関係していると考えた。そこで活発マウスの腸内フローラを臆病マウスに移植、反対に臆病マウスの腸内フローラを活発マウスに移植した。
3週間後、再び実験を行うと臆病マウスは警戒心が下がり、台から早く下りるようになった。
反対に活発マウスは警戒心が高まり、台にとどまる時間が大きく伸びた。腸内フローラを交換することでマウスの性格まで変わってしまった。
さらにコミュニケーションの能力にも腸内細菌が関係している可能性が浮かび上がってきた。免疫
免疫システムの大まかな説明
免疫の働きは非常に複雑な仕組みで成り立っている。免疫系は自己と非自己を識別し、自己は攻撃せず、自己にダメージを与える非自己を排除するシステムである。
さらに、攻撃した相手を記憶したり、相手によって攻撃法を変えます。これらの作業を自動的に行っている。
免疫系はその働きの違いから、自然免疫と獲得免疫(適応免疫)に大別される。自然免疫
ウィルスや病原菌などの抗原に最初に対処するのが自然免疫であり、自然免疫は生体内の常設の自己防衛システムである。
右図からわかるように、唾液に含まれているIgM・IgG・リゾチームやマクロファージ・NT細胞などが、自然免疫系の自己防衛の主要なファクターになっている。獲得免疫
獲得(適応)免疫とは、自然免疫を突破する抗原に対処するシステムで、一般的に私たちが「免疫」と呼んでいるものである。これは、自己と非自己の認識や多様性、特異性など免疫の特性が顕著に現れる働きをする。
特定の病原体への初回応答から作られた免疫記憶は、同じ特定の病原体への2回目の遭遇に対し増強された応答をもたらす。自然免疫 獲得(適応あるいは後天性)免疫
病原体と抗体の反応 非特異的 特異的
最大応答までの時間 短い(即座) 長い
(病原体に適応するための遅延)免疫記憶 なし あり
関与する成分 細胞性および体液性 細胞性および体液性
細胞 白血球 リンパ球
生物界での分布 ほとんど全ての生物 顎をもった脊椎動物
免疫はさらに、液性免疫と細胞性免疫にも大別される。
大まかに言えば、細菌が侵入してきた場合に応答するにが液状免疫で、抗体が対応し、ウィルスに応答するのが細胞性免疫で、キラーT細胞が対応する。抗原提示細胞(APC : antigen presenting cell)は侵入してきた細菌の情報を見つけ出す作用があり、その情報をT細胞に与え、するとT細胞は、B細胞に指令を出し、抗原と結合できる抗体を作らせる。
例えれば、抗原提示細胞はレーダー、T細胞は司令官、B細胞は抗体製造工場である。免疫とは、以上のような様々なやり方で、抗原によって対応を変えていく複雑なシステムであることが理解できる。
免疫に関わる様々な物質
インターフェロン 動物体内で病原体(特にウイルス)や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌する蛋白質のこ
と。
ウイルス増殖の阻止や細胞増殖の抑制、免疫系および炎症の調節などの働きをするサイトカインの一種
である。
好中球 病原体の侵入に真っ先に駆けつけ貪食する。処理した好中球は自爆し膿になる。
マクロファージ 細菌、感染した細胞、血球の残骸、ほこりなど片つける貪食細胞。
補体 活性化を受けることによって、抗原のオプソニン化、膜侵襲複合体による細菌の破壊、マクロファージ
等への走化性刺激などの作用を発揮する。
樹状細胞 病原体を食べ、情報をT細胞に知らせる。食べる量は少しで情報伝達が主体。
ナチュラルキラー細胞 新たなタンパク質合成や再構成をほとんどせずに、そのままで細胞傷害性を示す。したがって迅速に応
答できる。
NK細胞が抗原を認識せずに細胞を殺すといっても、正常な自己の細胞は攻撃しない。抗原提示細胞 体内に侵入した細菌やウイルスなどの断片を抗原として自己の細胞表面上に提示し、T細胞に抗原の情
報を伝達する免疫細胞。(樹状細胞、マクロファージなど)
抗体 抗体は侵入病原体に対し、細菌の毒素に結合したりウイルスや細菌が細胞に感染する際に利用する受容
体に妨害作用を及ぼして、直接中和する。
B細胞 Th細胞の指示を受けて大量の交代を合成する。一度認識すると次回からは素早く抗体を産生する。
T細胞 細胞表面に特徴的なT細胞受容体 (T cell receptor;TCR) を有している。末梢血中のリンパ球の 70〜80% を占める。名前の『T』は胸腺を意味するThymusに由来する。
ヘルパーT(Th) 細胞 マクロファージや樹状細胞からの情報で、キラーT(KT)細胞やB細胞に病原体への攻撃を指示する司令
塔。
キラーT(KT)細胞 Th細胞の指示によって病原体を攻撃する主力ファクター。
抗体
抗体について
免疫グロブリンの基本構造
① Fab領域 ② Fc領域
③ 重鎖(N端側から VH、CH1、ヒンジ部、CH2、CH3)
④ 軽鎖(N端側から VL CL)
⑤ 抗原結合部位 ⑥ ヒンジ部抗体とは、リンパ球のうちB細胞の産生する糖タンパク分子で、特定のタンパク質などの分子(抗原)を認識して結合する働きをもつ。例えば、体内に侵入してきた細菌・ウイルスなどの微生物や、微生物に感染した細胞を抗原として認識して結合する。抗体が抗原へ結合すると、その抗原と抗体の複合体を白血球やマクロファージといった食細胞が認識・貪食して体内から除去するように働いたり、リンパ球などの免疫細胞が結合して免疫反応を引き起こしたりする。これらの働きを通じて、脊椎動物の感染防御システムにおいて重要な役割を担っている。
IgG全ての免疫グロブリンの80%を占めます。 胎盤を通じて胎児に移行し乳児誕生後の感染防御 (約3-6ヶ月)にも関与する。
その機序は、①細菌毒素の中和②食細胞の促進③炎症反応の誘導 など。IgM分子が大きいのでマクログロブリン=Mで表わす。 細菌などの抗原から攻撃されると初めに反応する抗体。
IgA消化器や呼吸器粘膜表面に分布し、そこで働く。また分娩直後の初乳に多く含まれ, これを飲んだ乳児の腸管内感染の防御に働く。
IgDB細胞表面に存在し、抗体産生の誘導に関与する。
IgEアレルギーに関与する抗体。産生された IgEは組織中の肥満細胞と強く結合し、抗原が入ってくるのを待機する(感作状態)。そこに抗原が入ってくると肥満細胞と結合しているIgE と反応し、肥満細胞からヒスタミンなどの刺激物質が放出する。
消化管での免疫反応の起点場所M細胞
パイエル板( Peyer’s patch )とは、回腸(小腸下部)に約20~30個存在している免疫機能を司る総合司令所で、体全体の免疫の60~70%が集まっている。
腸管免疫の中でパイエル板はもっとも重要な器官で、腸内に有害な異物が侵入してくると、パイエル板でM細胞が異物を捕獲し、樹状細胞が情報を集めて分析し、T細胞、B細胞などの白血球に、やがて全身に情報が伝達されて異物への攻撃・排除を命令する。
これらの免疫機能が24時間休む事なく監視してくれる事で、私達の健康は守られている。参考
小腸の内側(管腔側)には、絨毛と呼ばれる小さな突起が密集して栄養分を吸収する役割を果たしている。
しかし、1677年、スイスの医師パイエル (Joseph Conrad Hans Peyer)は、この絨毛が小腸内部に均一に生えているのではなく、ところどころに絨毛が未発達の領域がパッチワーク状に点在していることを見出し、これをPeyer's patch(パイエル板、パイエルのパッチ)と名付けた。
その後、組織学的な解析から、この「パッチ」の下にあたる、小腸の粘膜固有層に、リンパ小節が平面上に集合していることが明らかになり、このリンパ小節による平板状のリンパ組織がパイエル板と呼ばれるようになった。免疫寛容
腸管免疫系の大きな特徴
- 危険な病原細菌やウィルスを排除する
- 食品や腸内細菌などの安全なものに対しては寛容である(排除しない)
1.については大まか前述の如くだが、この2.の特徴は重要。
すなわち、食品由来の抗原は、ほとんど消化され、分解され、アレルゲン(抗原)活性を失ってしまう。
この反応を抑えて食物を安心して食べられるようにするシステムが経口免疫寛容である。もちろん、アレルゲン活性が残り、過敏な免疫反応が起こる場合もあり、これがいわゆる食品アレルギーである。
全ての人で、あらゆる食物に対し経口免疫寛容機構が働くわけではないということである。腸内細菌はなぜ排除されないのだろう
腸内細菌に対しては寛容が成立していることを示している。
自己と非自己を認識し、侵入してくる病原菌などの非自己は攻撃するが、自己と認識されたものは攻撃しないという性質=自己免疫寛容が備わっている。細胞死には
- 細菌などによって攻撃されることによるもの(necrosis)
- 生体維持のため細胞の新旧交換によるもの(apoptosis)
があるが、1.の場合は免疫系の出動が必要になる。このきっかけを作るのが抗原提示細胞であり、その膜上にあるToll-like receptorという受容体が、細菌の構成成分物質の特徴を認識し、病原性の有無を判断していると言われている。
今日、アレルギー体質の人が増加しているのは周知のことだが、その予防と改善は腸内フローラの解明・研究にかかっていると言われている。
なぜなら、アレルギー抑制作用が私たちの消化器官に存在し、その最たるものが腸内細菌、腸内フローラによるものであると言われているからである。参考
食物アレルギーは、本来獲得するべき食物タンパクに対する免疫寛容が誘導できなかった状態である。
この経口免疫寛容の成立には腸内フローラが重要な役割を果たす。
マウスの実験において、腸内細菌を除去すると経口免疫寛容が誘導されなくなったことが報告されている。
食物アレルギーについて、原因食物に対する感作の成立は主に経口摂取による耐性獲得の障害だと考えられていた。
しかし、最近では皮膚バリア機能障害に関連した経皮感作の重要性が指摘されている。自己を攻撃しない免疫寛容のしくみを、分子レベルで突き止めた!
上述のように、「自己免疫寛容」とは、自己の細胞や抗原に対しては免疫反応をおこさないようになっていることである。
この働きは、制御性T細胞が中心的な役割を果たすことが知られていたが、どのような機構で機能を発揮しているのかはよくわかっていなかった。
このたび、大阪大学 免疫学フロンティア研究センター実験免疫学の西川博嘉 特任准教授らは、「自己に反応するT細胞(CD8陽性T細胞)」が制御性T細胞によって免疫不応答の状態に誘導されることを突き止めた。がんはがん抗原をもつが、その多くは自己の抗原(自己抗原)で、「がん抗原に反応するT細胞」はアネルギーが誘導されることで免疫系の攻撃を逃れている。がんは、自己の正常細胞が悪性化したものであるからだ。
今回の成果は、自己免疫疾患だけでなく、臓器移植後の拒絶反応の制御や、がん治療にも応用できると考えられる。
脚注
- 制御性T細胞(regulatory T cell):免疫応答の抑制的制御(免疫寛容)を司るT細胞の一種。免疫応答機構の過剰な免疫応答を抑制するためのブレーキ(負の制御機構)や、免疫の恒常性維持で重要な役割を果たす。
- アネルギー(anergy):抗原が与えられても抗原抗体反応が起こらない状態。アレルギーに対する語。
食と免疫の進化
生物の分類は、アリストテレスに始まり、リンネが近代的分類体系を作った。
その中で、顎口上綱(がっこうじょうこう:Gnathostomata)という、顎を持つ脊椎動物をまとめた分類群がある。顎口上綱は、分類学的には伝統的に上綱として扱われ、魚類、鳥類、哺乳類などを含む。
一方、顎のない脊椎動物は無顎類と呼ばれる。
しかし最近の分子遺伝学的な研究によって、顎口上綱の分類が見直されるようになった。
顎は、かつてえらを支える器官(鰓弓)だったものが発達し、次第に効率的に口を開け閉めして水をえらに運ぶ働きを持つようになったものだと考えられている。
こうして口は次第に大きく、幅広くなり、獲物を獲得しやすくなっていった。
口を開け閉めするのにさらに力が必要になり、ついには顎になったと考えられている。顎口上綱の生物のもう一つの大きな特徴はニューロンの髄鞘と適応的免疫システムである。
顎口上綱はオルドビス紀に初めて登場し、デボン紀には一般的になった。現在では円口類を除くすべての脊椎動物を占めている。
ヌタウナギ類とヤツメウナギ類に関しては円口類と呼ばれ、脊椎動物の中で最も下等な生物とされ、その大きな特長は顎がない。(無顎類は、ほとんどが絶滅種であるが、現在でも生息しているのがこの2種)そして、脊椎動物の中で、ヌタウナギとヤツメウナギだけが、免疫系の抗体が産生されない。
この顎のあるなしが、免疫系に非常に大きな影響を与えている。顎のある生物とそうでない生物では食生活が違う。
顎があることによって、多くの種類のものを食べることが可能になる。
食べ物の種類が多くなるほど、多くの微生物が侵入するようになり、多様な抗原を体内に取り込むことになる。
それに対抗するために生体防御系すなわち免疫系が高度化し、抗体を産生するシステムができたと考えられている。腸管免疫の精密で高度なシステムは、食生活の進化と多様性から必然的に出来上がってきたと言える。
このように、食と免疫の関係は密接かつ重要な課題である。腸内フローラへの介入
これまで、身体の病気に対しては、病原菌の特定とそれに対する抗菌剤の開発によって凌いできた。
そのことが人の寿命を延ばし、世界的な長寿世界を作ってきたが、しかし、それらの化学物質は副作用を発現し、幾多の耐性菌を産生し、新たに深刻な問題になっている。
ヒトゲノム・プロジェクトによって、すべてのヒトゲノムが明らかになるにつれて、新しい治療、予防の模索が始まっている。
また、何十万年もの気の遠くなるような時間をかけて、人と共に進化してきた腸内細菌叢の働きも明らかになりつつある。
そして腸内細菌叢のバランスが、人の健康にいかに影響を与えているかも確かめられ始められている。
そして今、腸内細菌叢に積極的に介入することで、人間の健康を回復しようとする試みが盛んに行われている。プロバイオティクスとプレバイオティクス
プロバイオティクス
1989年にイギリスのフラー博士によってプロバイオティクスが提唱された。
その“プロバイオティクス”とは、腸内フローラのバランスを改善し、カラダによい作用をもたらす生きた微生物のことで、その代表的なものに乳酸菌やビフィズス菌である。
菌を殺してカラダを守るアンチバイオティクス(抗生物質)に対して、“プロバイオティクス”は、カラダによい菌を増やすことで健康を守ろうとする考え方から生まれたものです。プロバイオティクスの条件
1. 安全性が保証されている
2. もともと宿主の腸内フローラの一員である
3. 胃液、胆汁などに耐えて生きたまま腸に到達できる
4. 下部消化管で増殖可能である
5. 宿主に対して明らかな有用効果を発揮できる
6. 食品などの形態で有効な菌数が維持できる
7. 安価かつ容易に取り扱えるプレバイオティクス
プロバイオティクスの働きを助ける物質のことで、以下のような性質を持つ。
1. 消化管上部で加水分解、吸収されない。
2. 大腸に共生する一種または限定された数の有益な細菌(ビフィズス菌等)の選択的な基質であり、それらの細菌の増殖を促進し、または代謝を活性化する。
3. 大腸の腸内細菌叢(フローラ)を健康的な構成に都合の良いように改変できる。
4. 宿主の健康に有益な全身的な効果を誘導する。食生活の改善
一日30食品を目標として食事をする
おそらくその頃は、インスタント食品や惣菜などの加工品が定着し、ファーストフード店なども隆盛を極めた頃で、栄養のアンパランスが懸念されたことが背景にあったと考えられる。
健康を維持するためには、栄養をバランスよく摂る必要があり、そのためには一定の食品に偏らず、できるだけ多くの食品をまんべんなく食べることが大切と考え、30品目となった。
30という数字は覚えやすい・わかりやすい・広まりやすい・栄養指導がしやすいとの理由もあった。
しかし30という数に神経質になってしまったり、数に対する絶対化をしてしまい食べ過ぎてしまうという傾向もあったと言われている。主食・主菜を基本に食事のバランスを
しかし、2000年に厚生労働省・農林水産省が示した新しい食事生活指針では「一日30食品」に代わり、「主食・主菜を基本に食事のバランスを」「多様な食品を組み合わせる」という表現になった。
ほぼ30品目の食品を摂っている家庭では、エネルギーをはじめほとんどの栄養素が一日の所要量を上回っているということがあり(カルシウムは不足しがち)、また、今これだけ食べ物が豊かな時代なのに食品の摂取量が大きく不足している人が少なくないということも考えられる。伝統食文化を見直しましょう
新たな食生活指針で注目したいのは、「食文化や地域の産物を活かす」という項目が追加されたこと。
つまり、私たちの祖先が食べていた伝統食やその文化を見直しましょうということ。
昔は、今のように物流が発達していない。
その地域で、その季節にできる食べ物しかなかったので、1日に食べられる品目は決して多くはなかったはずです。それでは伝統食から何を学ぶのでしよう?
もちろん、栄養学的に食べ物の有効成分が解明されることは大切であり、栄養のバランスよく食べることもよいことだが、栄養素にだけとらわれすぎるのは、やはり問題である。
例えば、きゅうりやトマトなどの夏野菜は、その季節に食べるから良いのであって、旬や地域の気候風土を無視して食べることは、カラダにもあまり良いとは言えない。また食物繊維や、野菜の色素や苦味、辛味、香りの成分などは、これまでの栄養学では価値がないと思われていたものですが、今注目が寄せられている。
昔は、「健康のために」というよりは、「もったいない」という気持ちで、大根の葉っぱも皮も根もすべて食べつくした。
それにより、知らず識らずのうちに、多種多様の有効成分を摂取していたのだと思う。
そういう意味では、旬や気候風土に適した食べ方をしてきた伝統食は、科学的にも根拠のある健康食と言える。
現代はグルメブーム、TVでも「食べもの番組」のない日はほとんどない。
珍しい食べもの探しに躍起になることより、「感謝していただく」という食の原点に立ち返る時期に来ているのではないだろうか。
「伝統食」を学ぶ意味は大きい。食物繊維摂取量の変遷
「食物繊維を一日20グラム摂る」・・・実はこれは現代では非常に大変なことになってきている。
戦後の1951年頃、日本人は平均して1日に約24gの食物繊維を摂っている。
しかしその後、右肩下がりに摂取量が減る傾向にある。
2002年には、平均摂取量は約14gとなり、50年間で約10g減少している。
1日に最低19gの食物繊維が必要であるとすれば、平均で5gは不足していることになる。物繊維摂取量の内訳を見ると、近年特に穀類の割合が減っていることが分かる。
昔は、食物繊維をごはんなどの穀類から多く摂取してた。
しかし食生活の欧米化により、肉や乳製品の摂取が増え、食物繊維の摂取量は減少している。
また雑穀や玄米ではなく精米されたお米を食べるようになったことも食物繊維の摂取量が減った理由だと考えられている。
日常の食生活において食ぺる機会が多く、しかも比較的食ぺる量が多いことから物繊維の供拾源として期待できるのが、穀類、芋類、豆類、野菜類、果実類、海藻類などである。食生活と腸内フローラ
図は、日本の都市部と農村部に住んでいる人における嫌気性菌種構成の比較、それと肉を好んで食べるグループの菌種構成を現したもの。
日本の都市部と農村部の比較で目立つのは、偏性嫌気性菌のCollinsella(ビフィズス菌)である。
また同じ日本でも、高肉食系では偏性嫌気性桿菌Bifidobacterium(ビフィズス菌)の減少と、偏性嫌気性非芽胞形成桿菌Bacteroidesの著しい増加である。
カナダ都市部と日本の高肉食系の類似性も興味深い。短鎖脂肪酸
これまであまり注目されなかった食物繊維から、ヒトの体内でも腸内細菌が食物繊維を発酵する際に短鎖脂肪酸を作り出し、健康維持に欠かせない役割を果たしている。
- 大腸のバリア機能を高める働きがあり、病原性大腸菌に感染しても体内にその毒素が入り込むのを防げることが示されている。
- 短鎖脂肪酸は腸内を弱酸性にすることで有害な二次胆汁酸をできにくくするため大腸癌の予防につながる。
- 短鎖脂肪酸は脂肪細胞にある短鎖脂肪酸受容体に作用して脂肪細胞へのエネルギーの取り込みを抑え、脂肪細胞の肥大化を防ぐ。
- 腸管にあるL細胞に作用して、腸管ホルモンであるインクレチン(GLP-1)の分泌を促す作用がある。インクレチン(GLP-1)は糖尿病を予防・改善する作用があり、インスリンを分泌する膵臓β細胞数の減少を抑えたり、インスリン分泌を促す作用がある。(左図)
- バクテロイデスが出した短鎖脂肪酸は腸から吸収され血液中に入り、体の隅々まで運ばれる。短鎖脂肪酸が脂肪細胞に働きかけると脂肪の取り込みが止まり、余分な脂肪の蓄積を抑え肥満を防いでいる。もう一つは筋肉などに作用し脂肪を燃やす働きで、脂肪の蓄積を減らし、消費を増やす。
- 腸内を弱酸性の環境にすることで有害な菌の増殖を抑制する。
- 大腸の粘膜を刺激して蠕動運動を促進する。
- ヒトの免疫反応を制御する。
- その他
日本食は欧米人より日本人に効果的!?
世界文化遺産として認められる日本食、和食とは一体何だろう。
米を中心とした日本食という観点から考えた場合、水田稲作を全面的に展開し始めた弥生時代こそ、その起点であったと考えられている(近年、縄文時代中期には農耕が始まっていたことが確認されている)。
そして日本では、米の生産のために肉が犠牲とされた。古代国家の最盛期の天武天皇の治世時代(675年)には、いわゆる肉食禁止令が出されている。
しかし、これは、『魏志倭人伝』の災いがあった時に肉を断つという伝統を引くもので、祈願つまり稲の豊作のために肉を食べないとする思想の実現であったと考えられる。
一方で米は、尊い聖なる食べ物としての位置を確立し、祭祀のなかで重要な役割を果たすようになる。現在でも、正月をはじめ村々や家々での祭祀の際に、米は大切な捧げ物で、米から作った餅と酒は欠かすことができない。
こうして日本では、米のために肉を否定したが、やがて肉は穢れと見なされ、米が聖なる食べ物として、社会的に受け容れられていくことになる。これが東南アジアの稲作を受容しながらも、それらの地域とは異なって、ブタを伴わない米文化を成立させるところとなった。
それゆえ動物タンパク摂取の観点からは、肉の代わりに魚が重視され、米と魚の食文化が発達を見たのであり、鮨に象徴されるように魚食に特化した食事パターンが一般化したのである。また、米を重視した古代国家においては、調味料も今日の日本食に近い状況が形成されつつあったことが窺われる。国家機構の食事を預かる大膳職という部署には、醤院がおかれたが、ここでは味噌や醤油の原型となる醤の管理が行われていた。醤院で厳重に管理されていた醤は、穀醤で、極めて貴重な調味料として意識されていたことが窺われる。
このように古代においては、国家レベルで、米を食事の中心とし、穀醤を主要な調味料とするような今日の日本食に近い味覚体系が、次第に形成されつつあったと考えられている。中世までの日本食文化は、大饗料理は高級貴族、精進料理は寺院の僧侶、本膳料理は武士の間で、懐石料理は武人や豪商の茶人の間で確立していった。
日本の食文化が独自の展開をとげた19世紀の明治維新(1868年)までは、北海道から鹿児島まで、地域ごとにほぼ完結した食文化を営みながら、ほぼ共通した性格をもっていた。
国内で遠隔地から運ばれる昆布や塩蔵品などは別として、地産地消という自給体制の中で食文化を育んできた。
(ただその段階では、琉球やアイヌの食文化はほとんど受け入れられていない。むしろ長崎を窓口としてオランダや中国の清朝の食文化が一部の人びとに受け入れられている。)
こうして19世紀前半には、今日いうところの日本料理の基本的な性格や料理、献立が完成されていた。
そこで、幕末までに完成されていた食文化を、「狭義」の日本食文化と言えるだろう。明治維新後、文明開化を通して日本人は積極的に欧米の文化を学び取り入れた。食文化も例外ではない。はじめは西洋料理として紹介された欧米の食もまもなく日本の食と融合し、いわゆる和洋折衷料理が工夫された。その実態は様々で、大部分が日本人の嗜好に合わず消えていったが、中には新料理として日本食の典型となったスキヤキやライスカレー、オムライス、トンカツなどが誕生している。このような文明開化以降に新しく工夫され、日本人の生活の中に定着した料理、さらに素材、調理法、道具等々を含めた食文化は「広義」の日本食文化である。
明治4年、5年は文明開化が一気に進んだ時期で、一種の西洋ブームが起こり、その一環として、牛鍋人気が高まった。『安愚楽鍋』が評判を呼び、「牛鍋喰わぬは開化せぬ奴」という言葉が流行した。ただ、この牛鍋は味噌や醤油・味醂などによる味付けで、基本的には日本風の鍋料理に、牛を用いたに過ぎず、紅葉鍋の系譜に属するが、西洋料理への部分的な心情の傾斜を物語っている。
このような傾向は戦後まで継続されることになる。
ところが、1950年前後を境に、質的な変容が認められるようになった。
牛乳・乳製品の著しい消費を皮切りに、果実類や肉製品の消費が増加していった。それに反比例するように穀類と芋類のでんぷん物質の消費が減少していった。
基本的な日本型食生活は、動物性食品よりも植物性食品に依存することが多かった。コメなどの穀類、大豆などの豆類と、さまざまな新鮮野菜類、つまり植物性食品が、エネルギーとタンパク質、ビタミン・ミネラルなどの微量栄養素の重要な供給源であった。しかし、少なくても2000年にも渡って培われきた日本型食生活は、戦後数十年あまりで急激に変化したのである。
以上の「食文化の歴史」 農林水産省資料より
日本食と腸内細菌
気の遠くなりそうなほど長い時間をかけて共進化してきたヒトと腸内フローラ。
その均衡を破綻させる急激な食生活の変化は何をもたらすか。
それは、W. A. Price 著「食生活と身体の退化」に余すところなく描き出されている。弥生時代を端緒として始まった日本特有の食生活、それは時代の影響で部分的に修正されながらも戦前まで続き、それが広義の日本食、すなわち和食と呼ばれるものである。
それが戦後、食料品においては、乳製品・肉類の消費の増加および穀類・芋類の消費の減少と同時に、インフラにおいては交通手段・交通網の発達、食料生産技術としては、化学肥料、除草剤、抗生剤の多用によって、また冷凍保存技術の進歩、加工食品の席巻などによって、現代特有の現象が出現し始めた。
そもそも、日本人には、日本食が最も効率的で効果的に働く腸内フローラが共存している(世界で日本人のみ海藻類を分解する腸内細菌が存在)わけであり、高肉食のために適したフローラも腸もない。
だからと言って、動物性タンパク質が良くないということは誤りで、戦後の食生活の変化で寿命が延びているのは事実であり、免疫力が増強されたためとも考えられている。こと、タンパク質のアミノ酸組成関しては、身体に必要なアミノ酸がバランスよく含まれている。
問題は、先にも述べたように有益菌に資化される食物繊維成分の摂取量が不足していることだろう。
確かに、高肉食系の人々にも食物繊維の多い日本食は大いに良い影響を与えるが、通常はカロリー不足になってしまう可能性が高い。日本食が健康にとって最も効果的なのは日本人であると考えられている。
現在、寿命と健康寿命の差がおおよそ10年ほどあるが、メタゲノム解析の進展によって、この問題の解決もそう遠くはないだろう。
参考 海藻類を分解する腸内細菌
海藻をよく食べる日本人の腸内には、海苔やテングサなどの紅藻類を消化できる細菌がいることが、フランス・パリ大学の研究でわかった。
もともと人間が持たない海藻分解酵素を日本人の腸内細菌が獲得したものとみられ、研究グループは、伝統的な食生活が遺伝子を「ヒッチハイク」させる可能性を指摘している。全身免疫状態が反映する口腔粘膜
口腔には、未同定の細菌を含め約700種の常在細菌が生息している。
その主な生息部位は、歯肉縁上・縁下に形成されるバイオフィルム、つまりデンタルプラーク(以下プラーク)で、その細菌密度は糞便のそれよりはるかに高い。
管理下にあるプラークは、口腔環境の維持に働き宿主とは良好な共生関係が保たれる。
しかし、不十分なケアによるプラークの異常増加は、う蝕、加齢や生体防御能の低下などの因子が加わると"慢性炎症性疾患・歯周病"などの口腔疾患が発症する。口腔感染症は典型的な内因性混合感染症で、慢性症状を示すため、生体と共生細菌との相互作用を研究する上で極めて興味あるモデルといえる。
腸内フローラの主な共生部位である大腸は、腸内ムチン層で厚く覆われるため粘膜上皮と腸内細菌が直接触れる機会は少ないのに対し、口腔では唾液成分ムチンからなる厚さ0.1~0.2μmのペリクル(獲得被膜)を介して細菌が直接粘膜や歯に付着する。口腔内で細菌抗原により感作されたリンパ球は全身の末梢血からも検出される。
また、腸管粘膜を口腔細菌で刺激すると、感作されたリンパ球は帰巣循環経路により口腔粘膜下に移動し、抗体を産生する。
その結果、唾液腺からは抗原特異的な分泌型IgA抗体が、そして歯肉溝液からはIgGが検出される。
この現象は「口腔の情報は全身に伝わり、全身の情報が口腔に伝わる」ことを示している。
常に細菌接触により刺激を受ける口腔粘膜上皮細胞は、さまざまな抗菌因子を活発に産生し細菌の排除を行う一方で、炎症性サイトカインの産生を抑制して粘膜の炎症を防いでいる。
口腔粘膜では、常に細菌が侵入し軽度の炎症が起る可能性があるためにこのような仕組みが発達した可能性がある。
つまり、口腔感染症の発症は全身免疫能の低下そのものを意味している。全身疾患発症の意味
プラーク形成菌や口腔感染症病巣が原因となる全身疾患は、細菌そのものが引き起こすこともあるが、患者の生体防御能の低下や、加齢による宿主の器質的、機能的障害など宿主側の因子が主な原因と考えられる。
これを明確に示す現象が、がんの化学療法、放射線療法時に発症するさまざまな口腔疾患や感染症である。
薬物療法や放射線療法により口腔粘膜の潰瘍や口腔乾燥症が発症し、さらに免疫力の低下が認められる。
その結果、口腔内常在細菌やウイルスによりカンジダ症、重症の歯周疾患、そして口腔ヘルペスなどの感染症が頻症する。しかし、これらの患者においても、口腔ケアにより口腔内の細菌数を減少させることにより、確実に組織の炎症が改善し症状は緩和される。
つまり、全身の免疫状態と常在細菌相互の力関係が明確に認識できる器官、それが口腔である。親の唾液で児のアレルギー予防効果
喘息9割、皮膚炎6割減少
スウェーデン 出生コホート対象研究
親の唾液が児のアレルギー疾患発症予防に効果的―。かつて、う蝕の垂直感染説が主流の時代であったなら、なんというタイトルだと顰蹙を買ったに違いない。
スウェーデン・クイーンシルビア小児病院小児アレルギー科のBill Hesselmar氏らが,同国の出生コホートを対象に,親の唾液に含まれる細菌がアレルギー疾患発症予防に効果があるかについて検討したところ,親の唾液を与えられた児では18カ月後の喘息発症のリスクが9割,アトピー性皮膚炎発症のリスクで6割減少するという結果を得た。さて,その簡単な投与方法とは?新生児184人対象、おしゃぶり使用の有無や洗浄方法別に比較
物質的に豊かな国々では,児の3人に1人が罹患しているとされるアレルギー疾患。原因の1つとして注目されているのが,乳幼児を取り巻く環境が極端に衛生的になったことによるといわれる「衛生仮説」だ。Hesselmar氏らは「貧困,大家族,ペットや家畜との早期接触,食物媒介性細菌曝露などがアレルギー疾患発症リスク低下と関連している」とする報告に言及。「それらに加え,西洋社会では乳幼児期における腸内共生細菌の獲得が遅れていることなどがアレルギー疾患発症の危険因子であるとも指摘されている」と続けた。
そして,親が口腔内に入れたおしゃぶりを児にくわえさせることによるアレルギー疾患発症の予防効果を検討するため,同国の出生コホートを対象に研究を行った。
おしゃぶりの洗浄方法とアレルギーの発症リスク
Hesselmar B、Sjöberg F、Saalman R、Aberg N、Adlerberth I、Wold AE。目的:口腔内細菌は、おしゃぶりなどを通して、両親から幼児へ感染すると言われるが、共生している細菌感染による免疫刺激は、アレルギー発症にどのような影響を与えるか、おしゃぶりの洗浄方法は、アレルギーの発症リスクに影響を及ぼすかを調査する。
方法:184人の幼児の出生グループは、生後18と36ヵ月の空気中および食物のアレルゲンに対し、臨床的にアレルギーや感作がないかどうか、さらに、それらの徴候の発現の有無に関して調査した。
生後6ヵ月の時期から、おしゃぶり使用の有無とおしゃぶり洗浄方法について、電話で両親に聞き取り調査を行った。
(生後4ヵ月で集められた唾液サンプルの分析の時点で、幼児の口腔内細菌叢は、すでに特徴づけられていた。)結果:生後18ヵ月では、両親がこの洗浄法を行わなかった子供たちより、両親がなめて「きれいにした」おしゃぶりを与えた子供たちは、湿疹(オッズ比0.37)、喘息(オッズ比0.12)、そして、感作(オッズ比0.37)において減少していた。
湿疹の防止は、調査最終時期の生後36ヶ月まで維持された。
新生児の産道通過とその後の親の唾液による幼児のおしゃぶり洗浄は、湿疹や喘息の発症に対して保護的影響を与えた。両親が舐めることできれいにしたおしゃぶりを使用した子供たちと、両親が舐めなかったおしゃぶりを使用した子供たちの間で、唾液の細菌叢は明らかに異なっていた。結論:親の唾液から幼児に伝播される細菌による免疫刺激を通して、幼児のおしゃぶりを親が舐めて綺麗にする洗浄行動は、アレルギー発症リスクを減少させる可能性を示唆している。
今回の結果に対して,Hesselmar氏らは「出生後早期での腸内細菌獲得がアレルギー疾患の発症を予防するとされているが,今回の研究により,親の口腔内“洗浄”でおしゃぶりを介して細菌が児に移され,アレルギー疾患の発症を抑制した可能性が示唆された」と結論。この方法が「シンプルかつ安全な方法」と主張し,さらなる研究の必要性を訴えた。
(Pediatrics 2013年5月6日オンライン版)
オッズ比:数値1以上はリスクが高い、数値1以下はリスクが低い
NS : Not significant の場合は「統計学的有意差がない」とする参考
抗原提示細胞は、侵入してきた細菌や抗原の情報をT細胞に伝達し、その情報によってT細胞はTh1またはTh2という2種類の細胞に分化する。
このTh1とTh2のバランスがとれている場合には免疫系は正常であるが、Th2へとバランスが傾くとアレルギー、Th1へ傾くと自己免疫疾患になりやすい。
免疫系を完全に保つにはTh2/Th1バランスが良好である必要がある。そして、このTh1細胞とTh2細胞のバランスには、腸内細菌が大きく関わっている。
腸内細菌のうち、ラクトバチルス菌やビフィズス菌のようなグラム陽性菌は、Th1を誘導し、アレルギーを抑制する働きをする。EGFとNGF
EGF : Epidermal growth factor 上皮細胞成長因子
NGF:Nerve growth factor 神経成長因子唾液には、EGFという、上皮の成長を促進する作用がある。
ひざを擦りむいた時など、お母さんが傷口に唾を付けて、”治れ、なおれ” のおまじないしたからね、の経験は誰れにでもあるのではないでしょうか。
このEGFは1962年、スタンレー・コーエンとリータ・レーヴィ=モンタルチーニ によって発見された。
生まれたてのマウスに顎下腺をすり潰したものから得た抽出液を連日投与すると、目が開くのが早くなり、歯も早く萌出することに気付いたのが端緒であった。
その後、この物質は上皮細胞の顕著な増殖と角化をもたらすことが分かった。
現在EGFの作用は上皮細胞の成長のみならず色々な働きがあることが分かっている。
唾液の他に乳汁にも多く含まれていることから、個体の成長にも関与しているのではと考えられている。神経成長因子は増殖ではなく、神経細胞としての成長・成熟を促進する。
このEGFとNGFの発見によって、コーエンらは1968年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。展望
メタゲノム解析との現状と将来性
元東京大学大学院教授 服部正平 Masahira Hattori
要約
ヒトの体に棲む常在菌の中では、腸内細菌が圧倒的な存在感を持っています。
ヒトゲノム計画では、健康とか病気を考えるにはヒト遺伝子の解析が重要だという土台がありました。
ところがヒトゲノムのデータが整備されてみると、ヒトの健康や病気には遺伝だけでなく環境要因も影響を与えている、という点に改めて注目が集まることになりました。
そうなればまず腸内環境で、食事が健康に影響を与えるというのは以前から分かっていることだし、食事によって腸内の常在細菌の内容が変化するということも以前から分かっている。
しかし、食事の内容に関しては科学しにくいし、それに関連した腸内細菌と宿主の相互作用の具体的な正体が分かっていない。
だから、ヒトゲノム計画によってゲノム解析の技術が確立したあと、腸内細菌叢のゲノム解析はメタゲノム関連プロジェクトの対象として絶好だろうとなったわけです。病気の治療というか患者に近い医療関係者としては、メタゲノムによるデータを積み重ねることで、宿主遺伝子が持つリスクと常在菌が持つリスクの両方を合わせることによって、その病気になるメカニズムに迫れます。そうなれば、今までのヒトの遺伝子だけを見た薬対応から腸内細菌まで考慮した医薬品へと、ドラッグデザインがより正確になるということはあるでしょう。
たとえばアメリカを見ると、国家的なメタゲノムプロジェクト HMPが5年でひと区切りついた後、継続プログラムは予算が見かけ上減ったんです。でもこれは収束したというより、派生的なプログラムに分散している。じつは、いろいろな疾患が腸内細菌と関係しているようで、糖尿病はもちろん、高血圧とか循環器系の疾患といったものまで関連が考えられるようになった。それでメタゲノムの第2段階として、それぞれの病態との関連研究が始まったようなのです。大事なのは、常在細菌としての腸内細菌をコントロールすることで、健康維持とか病気治療などに対する選択肢が、間違いなく1つ増えるということでしょう。10年前には、何か菌がいるといった程度の認識だったし、漠然と健康に良い食品・飲料などとされるものがあった。ところがほんの10年で、サイエンスに裏付けされた形で腸内細菌の影響が語られようとしている。健康や病気は遺伝的要因と環境要因の両方が関係していて、その症状や病気によって両者が関わる割合が違う、というのは今や常識です。ヒトゲノムなどによって遺伝子情報が積み重ねられてきた中で、今度はメタゲノムによって環境要因の中でも重要な腸内細菌の情報が蓄積されようとしている。その期待は大きいというわけです。
付録 メタゲノム解析の実際
森田英利先生講演より
メタゲノム解析には、特定の遺伝子を取り込んでゲノム解析する機能的メタゲノム解析と、サンプル中に含まれる微生物のゲノム全体を読む網羅的メタゲノム解析があるが、現在はメタゲノム解析というと、ほとんど網羅的メタゲノム解析を示している。
メタゲノム解析
環境中に生存している多種多様な微生物を調べるには、従来は、まず、環境中から微生物を分離し、培養して、増殖させることが必要であった。しかし、微生物のほとんどは人為的培養が困難である。培養という過程を経ずに、微生物がもつ核酸、遺伝子、DNAのすべてを抽出・収集し、これらの塩基配列を網羅的に調べれば、個々の核酸や遺伝子がどの微生物由来かはわからないものの、環境中の微生物の集合体がもつ遺伝子群が分かる。このような手法をメタゲノム解析と呼ぶ。
環境中から直接 DNA を抽出して、その中の 16S rDNA の塩基配列を調べることによって、膨大な未知の微生物が存在することが明らかになってきた。しかし、この方法ではそれらの微生物がどのような機能を持つかまではわからなかった。そこで、特定の配列を選別するのではなく、すべての塩基配列を読み出し、各環境中に存在する機能に対応する配列を明らかにすることによって、複合体の構造と機能を解明する試みがなされる。
地球上に棲息する微生物の99%以上は単独では培養できない菌種であると推察されており、メタゲノム解析は環境中に埋没する膨大な数の未知の微生物、未知の遺伝子を解明する手法である。
(16S rRNA遺伝子配列:これはゲノムにおいてこの部分が比較的短く、生物種内において保存性が高い一方で、異なる種内においては変化が見られるため、ゲノム全体をシークエンスするよりも簡便に環境中の微生物群集を調べることが出来る。)メタボローム解析
生体内に存在する全代謝産物を網羅的に解析することを「メタボローム解析」と呼ぶ。
この技術は、微量の液体の中に含まれる全ての物質の量を計測することで、それぞれの違いを明らかにするというもの。
例えば、特定の病気の患者と健常者の血液、尿、唾液などをメタボローム解析することで、その患者特有に増える物質が見つかる。それが病気発見のためのマーカーになる。
これまでに唾液から口腔がん、乳がん、すい臓がんを発見する技術や、血液からうつ病を診断する技術を開発されている。イオンクロマトグラフィー(IC : Ion Chromatography)
イオンや極性分子のような電荷をもつ分子を分離するクロマトグラフィーである。
大きなタンパク質、小さな核酸、そしてアミノ酸などを含むほとんどの電荷分子でこの方法を使うことができ、タンパク質の洗浄、水の分析、品質の調整などに使われている。質量分析器 (MS : Mass Spectrometer)
メタボローム解析に用いられる機器がMSで、細胞の働きを包括的に理解するため、DNA分子の質量を測定し、試料 に含まれる分子の質量を、瞬時に測定することができる。
DNAの塩基配列の網羅的解析 (ゲノム解析)、mRNAの網羅的解析 (トランスクリプトーム解析)、タンパク質の網羅的解析 (プロテオーム解析) は盛んに行なわれてきた。
しかし生体には、DNA、RNA、タンパク質といった高分子の他にも、比較的低分子であるアミノ酸、有機酸、脂肪酸といった物質も多く含まれる。
細胞全体の働きを理解するためには、こうした低分子の物質を解析することも必要不可欠で、こうした低分子の代謝産物を解析するための方法として、メタボローム解析が発達してきた。計算技術 (Informatics)
メタボローム解析では、これら膨大な代謝物データを解析する計算技術 (インフォマティクス) が必要不可欠である。
インフォマティクスを駆使することにより、サンプルにどのような代謝物が含まれているか、その代謝物の量はどの程度含まれているか、また複数のサンプル間でどの程度差があるかを、瞬時にして知ることができるようになる。
さらに主成分分析などの多変量解析を行なうことにより、各サンプル間の類似度などを知ることも可能となり、単純なサンプル間の比較だけでは分からなかった事象までも分かるようになってきた。
メタボローム解析において、インフォマティクスとの融合は無くてはならないものとなってきている。主成分解析(PCA : Principal Component Analysis)
直交回転を用いて変数間に相関がある元の観測値を、相関の無い主成分とよばれる値に変換するための数学的な手続きのことである。
主成分解析の結果は、元の観測値(対象)に対応した変換後の値である主成分得点と、各々の主成分得点に対する変数の重みに相当する主成分負荷量として得られ、一般的にはこの2つの状況をそれぞれに可視化した主成分プロット、あるいは2つの図を重ねあわせたバイプロットを通して結果を解釈する。上図は、実際の解析結果である。
アルツハイマー型認知症患者群と健常者群は明らかに異なる集団であることが分かる。なお、幸いにも、恒志会メンバーのA先生は健常者群に属していた。
この星は微生物が優位に立つ生物圏であり
真核生物がこの世界に登場したのは微生物より後のことなのですだからこそすべての生命は
どのように微生物と共存するか
微生物自身が他の微生物種とどのように共存するか
そして微生物が宿主とどのように共存するのかを学んでこなければならなかったのですJeffrey I. Gordon